エルヴェ・リエル Poem by Gaku Haghiwara

エルヴェ・リエル

1692年、ラ・オーグの海戦にて
イギリス軍はフランス軍と戦い、これに勝利した。
そして5月31日、海原は大混乱。
サメの群れに追われ慌てたイルカの集団さながらに
船という船が波を打ってランスのサン・マロへと押し寄せた、
イギリス艦隊を目にするや。

さて此処に、追跡受けつつ逃れんとする戦隊あり。
第一に先頭切るはダムフレヴィルの大船。
踵を接して連なるは大小併せ、
使える軍艦しめて22盃。
後続は先頭集団へ呼びかける
「競走の勝者は助けてくれ!
 頼むからこっちに案内を、港を、早く、
 できるだけ早く、連れてってくれ!
 イギリス軍が、もうここまでも!」

すると先頭の操縦士たちはたちまち怒り出し、舷側に跳び乗るや
「いや、こんなの何をどうしたら、船団が抜けられるものかね?」嗤わんばかり。
「右舷に岩、左舷に岩、あらゆる通り道はギザギザのガタガタ、
 12と80の大砲載せた『フォルミダーブル』が此処にあったら
一筋に河口でも拵えてくれようものを。
 20トンからの代物をこの厄介物の何処に突っ込んだものやら、
 しかも満潮ならまだしも、
 今は引潮のどん底。
 停泊地に着く?それどころか
 岩が立ちはだかり潮が走り
 船はひとつも湾から出られやしない!」

そして直ちに協議が持たれ。
言い合うは短く苦く。
「此処までもイギリス軍が尻に食いついてきやがる、あの足を引っ張れれば良いが
 我等が艦隊に残る全てが、船尾と船首をくっつけんばかり、
 プリマス入江までの勝ち抜き戦だと?
 座礁してしまうのが関の山だ!」
(以上はダムフレヴィル)
1分たりとも猶予なし!
「命令。全艦長は各々
 浅瀬へ乗り上げ爆破しろ、船は岸で燃やせ!
 フランスは不運に耐えるしかない。

「暫く!」それまで誰も
聞いたこともなかった声が
立ち上がり、踏み出し、打ちのめす、全員の真ん中に。
……艦長(大尉)か?中尉か?航海士なら、1等か2等か3等か?
その何れでもなく、比べたら
張り合うことさえ覚束無い。
トゥールヴィルが艦隊に引っ張ってきただけのブリュターヌ水兵、
貧しい沿岸水先案内人、クロイシックのエルヴェ・リエル。

してエルヴェ・リエルが叫ぶこと「嗤ったり恨んだりしてる場合か!」
「おまえら頭おかしいのか、マロイン人?バカか腑抜けか、いかさま師か?
 岩や砂洲なら俺に聞け、調べ回ったこの俺だ
 堆も浅瀬も出っ張りも何だって指さしてやる
 ここから沖へ出るか川が流れ出るグレーブに行くか?
 金でイギリス人に買われたのか?寝てるのが好きなのか?
 朝から晩まで、夜も昼も、
 俺はこの湾を案内してきて、
 好きなように入り、真っ先に碇をソリドール塔の根元へ打ってきた。
 艦隊を燃やしてフランスを没落させる?オーグの50倍悪いわ!
 各々方、誓って本当のことだ!各々方、道はある。信じてくれ!
 任せてくれれば道筋をつけ、
 一番でっかい船をも操ってやる。
 この『フォルミダーブル』動かして、
 他はついて行けばいい、
 俺が手引きし、よく知ってる通り道を細大漏らさず教えてやるから。
 グレーブを過ぎてソリドールまで真っ直ぐ、
 そこなら枕を高くして寝られるぞ。
 だが一盃でもやらかしたら
 ……地面を擦るように転覆だ。
 何なら、この命でも賭けてやる、俺のこの頭に!」エルヴェ・リエルの叫ぶこと。

1分たりとも猶予はなし。
「よしやるぞ、小から大まで!
 兜を被り筋を引き、我が
 戦隊を救うのだ!」叫ぶ上官。
艦長よ、かの水兵にその場を譲れ!
今は彼こそ提督だ。

神の恵みか、北風だ。
見よ、誇り高き男たち。
大きな船もバウンドしながら
進み行く様はハウンドさながら
一寸刻みに海峡をくぐり抜けようとは、これも広大なる海の神秘か。
見よ、砂洲も岩も難無く過ぎて
一丸となって後続する様を。
一盃たりともしくじらず、竜骨ひとつも地に擦らず、
帆柱が邪魔になることもなく。
あの危機は、今や過去、
全艦ついに入港するや
丁度にエルヴェ・リエルがおらぶ
「碇うて!」命運ここに極まる。
イギリス軍が来るには、もう遅い!

されば、嵐も弱まり凪いできて
樹々の緑も波打って
振り仰ぐグレーブが高嶺に望めり。
血を流す心臓も掌に塞がる。
「我等の歓喜いやまさに、
 イギリス軍は湾内掻き回すがいい、
 歯ぎしりしようと睨もうと
 いくら撃とうと届かない!
 城壁高きソリドールが程近く、ランスが肩の頼もしき哉!」
各艦長の顔色たるや、青から喜色へ染め代わること。
歓呼し全員一声に
「地獄に仏!
 フランスよ、フランスの王よ、
 あいつ本当にやったぞ!」
大歓声、皆が一言
「エルヴェ・リエル!」
もう一度彼が前に出るや
特に驚きの色もなく、
朴訥なブリュターヌ人の蒼い目に。
以前と変わった様子もなし。

ダムフレヴィルが申すよう「友よ、
 最後に私が締め括らねばならぬ。
 が、何といったら良いものか。
 賞賛は口から出るよりずっと深い。
 君はここに王を、王の船を救った。
 褒賞とするものを言ってくれ、
 喰われる寸前だった太陽を拝めるのだからな!
 何であろうと望みのままに、
 フランスは大きな借りが君にある。
 心に思い浮かべたものを受け取るがいい、我がダムフレヴィルの名にかけて。」
すると喜びの後光も弾け
髭もじゃの口から声たかく
素直な心からの笑みを絶やさず
朴訥な瞳はブリュターヌの青そのままに
「俺がどうしても何か言わなきゃならんらしいが、
 舷に役目も果たしたんだし、
 それもマロ街道からクロイシック岬まで、ちょいと帆走したってだけだろ?
 何が欲しいかって言うなら、
 他のことはどうでもいいから
 来たれ、麗しきお休みよ!
 とっとと帰って女房の顔見たいんだ、ベル・オーロラって呼んでんだ!」
彼の願いは聞き届けられた、それ以上でも以下でもなく。

名や功績の類も早や失われ
主役どころか端役でもなく
彼のクロイシックにそのときの手柄伝わるのみ。
書物に特筆するでもなく
ただ漁船一艘に乗る
難破に至った男の記憶には残る
イングランドが勝鬨上げた戦場から救われたフランス、それに尽く。
パリへ行こう、隊列揃え。
探そう、抛り出された英雄達を。
ルーブルでは、正面も側面も。
エルヴェ・リエルに会いに来たなら、好きなだけ見ていくがいい。
されば、良きにつけ悪しきにつけ、
エルヴェ・リエルよ、我が詩句を受け給え!
我が詩句にエルヴェ・リエルよ、願わくは今一度
かの戦隊を、フランスの栄誉を救い、汝が妻ベル・オーロラを愛し給わん事を!

This is a translation of the poem Herve Riel by Robert Browning
Saturday, December 5, 2020
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