ああ 書物のことを思ふと
咽喉をしめられるやうだ
拾五六の年ごろから
大切にして集めてきた書物
連れそそふ妻よりもずっと古馴染
数へたことはなかったが
三千冊は優に超えてゐた
いや 四千冊はあったかな
一九四五年六月五日の朝のこと
すっかり手許においてゐて
その最後を見とどけた
けむりになって失(う)せるのを
そののち家はみつかった
布団はめぐんでもらった
しかし 書物は
不運の書物は帰ってこない
身辺うたた荒涼
ああ 書物
夢に指でめくることもある
そらんじてゐる文句もある
...
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