水遊びの観察 Poem by Shuntaro Tanikawa

水遊びの観察

先ず初めに水に濡れた足跡が消え、次にはかわいいえくぼとつぶらな眼が消えた。桃色の爪が消え、黒い捲毛が消え、ひざこぞうが消える頃にはあっという間もなく青空が消え花々が消え、つづいて文字という文字が消えた。もちろん兵士等も消え、錐、金槌、ヤットコなどの工具類も消え、それは思想もまた消えたにちがいないと推測させるに十分だった。即ち最も確実なものから最も不確実なものまでが消えたのである。

こういう状態を、すべてが消えたと表現するのは怠惰な詩人の常套手段だが、実はその<すべてが消えた>も消えていたのであり、ということはこの<すべてが消えたも消えていたのであり>も消えてしまっていたのであるが、そんな字句の戯れにうつつをぬかす糸間もなく、次の瞬間には一匹のぴちぴちした鱒が現れた。と思う間もなくつづいて小川が、そして誰のものか分らぬ革鞄が、六法全書が、午後二時十三分が現れ、一方では恋人たちも現れ始めていた。そうしてまたたく間に水に濡れた足跡がふたたび現れ、かのS***嬢(五歳五ケ月)の真裸のお腹とその真中の渦巻くおへそと上機嫌の笑顔もまた現れたのである。

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Shuntaro Tanikawa

Shuntaro Tanikawa

Tokyo City, Japan
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