詩人の墓 Poem by Shuntaro Tanikawa

詩人の墓

ある所にひとりの若い男がいた
詩を書いて暮らしていた
誰かが結婚するとお祝いの詩を書き
誰かが死ぬと墓に刻む詩を書いた

お礼に人々はいろいろなものをもってきた
卵を籠いっぱいもってくる者もいた
シャツを縫ってくる者もいた
貧しいので部屋の掃除をするだけの者もいた

男は何をもらっても喜んだ
金の指輪をくれたお婆さんにも
自分で作った紙の人形をくれた女の子にも
わけへだてなくありがとうと言った

男にもちゃんと名前があったが
誰も名を呼ばずに男を詩人と呼んだ
初めのうちは恥ずかしそうにしていたが
いつか男はそれに慣れてしまった

評判を聞いて遠くからも注文がきた
猫好きは猫の詩を
食いしんぼうは食べ物の詩を
恋人たちは恋の詩を頼んできた

男はどんな難しい注文も断らなかった
古ぼけてぐらぐらする机の前に座って
しばらくぼんやり宙をみつめる
するといつのまにか詩が出来てるのだった

男の詩はみんなに気にいられた
声をあげて泣かずにはいられない詩
お腹の皮がよじれるほど笑ってしまう詩
思わずじっと考えこんでしまうような詩

人々は何やかやと男に問いかけた
「どうすればそんなふうに書けるんだい」
「詩人になるにはどんな勉強をすればいいの」
「どこからそんな美しい言葉が出てくるのかね」

だが男は何も答えなかった
答えたくても答えられなかった
「ぼくにも分かりません」と言うしかなかった
あいつはいいやつだと人々は言った

ある日ひとりの娘がたずねてきた
詩を読んで男に会ってみたくなったのだ
男はひと目で娘が好きになって
すぐにすらすらと詩を書いて娘に捧げた

それを読むと娘はなんとも言えない気持ちになった
悲しいんだか嬉しいんだか分からない
夜空の星を手でかきむしりたい
生まれる前にもどってしまいたい

こんなのは人間の気持ちじゃない
神様の気持ちでなきゃ悪魔の気持ちだと娘は思った
男はそよかぜのように娘にキスした
詩が好きなのか男が好きなのか娘には分からなかった

その日から娘は男と暮らすようになった
娘が朝ご飯を作ると男は朝ご飯の詩を書いた
野苺を摘んでくると野苺の詩を書いた
裸になるとその美しさを詩に書いた

娘は男が詩人であることが誇らしかった
畑を耕すよりも機械を作るよりも
宝石を売るよりも王様であるよりも
詩を書くことはすばらしいと娘は思った

だがときおり娘は寂しかった
大事にしていた皿を割ったとき
男はちっとも怒らずに優しく慰めてくれた
嬉しかったが物足りなかった

娘が家に残してきた祖母の話をすると
男はぽろぽろ涙をこぼした
でもあくる日にはもうそのことを忘れていた
なんだか変だと娘は思った

けれど娘は幸せだった
いつまでも男といっしょにいたいと願った
そう囁くと男は娘を抱きしめた
目は娘を見ずに宙を見つめていた

男はいつもひとりで詩を書いた
友達はいなかった
詩を書いていないとき
男はとても退屈そうだった

男はひとつも花の名前を知らなかった
それなのにいくつもいくつも花の詩を書いた
お礼に花の種をたくさんもらった
娘は庭で花を育てた

ある夕暮れ娘はわけもなく悲しくなって
男にすがっておんおん泣いた
その場で男は涙をたたえる詩を書いた
娘はそれを破り捨てた

男は悲しそうな顔をした
その顔を見ていっそう烈しく泣きながら娘は叫んだ
「何か言って詩じゃないことを
 なんでもいいから私に言って!」

男は黙ってうつむいていた
「言うことは何もないのね
 あなたって人はからっぽなのよ
 なにもかもあなたを通りすぎて行くだけ」

「いまここだけにぼくは生きてる」男は言った
「昨日も明日もぼくにはないんだ
 この世は豊かすぎるから美しすぎるから
 何もないところをぼくは夢見る」

娘は男をこぶしでたたいた
何度も何度も力いっぱい
すると男のからだが透き通ってきた
心臓も脳も腸も空気のように見えなくなった

そのむこうに町が見えた
かくれんぼする子供たちが見えた
抱き合っている恋人たちが見えた
鍋をかき回す母親が見えた

酔っぱらっている役人が見えた
鋸で木を切っている大工が見えた
咳きこんでいるじいさんが見えた
倒れかかった墓が見えた

その墓のかたわらに
気がつくとひとりぼっちで娘は立ってた
昔ながらの青空がひろがっていた
墓には言葉はなにひとつ刻まれていなかった

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Shuntaro Tanikawa

Shuntaro Tanikawa

Tokyo City, Japan
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