先の我が公妃 Poem by Gaku Haghiwara

先の我が公妃

フェラーラ市にて

壁に描かれたあれが先の我が公妃です、
生きていた時そのままのように見える代物です。
言わば一種の驚異の逸品。フラ・パンドルフの両手が
1日がかりで駆けずり回って、結果、彼女がそこに立つ次第で。
どうぞお掛けになって御覧じろ。如何にも
「フラ・パンドルフ」の作。とは申せ、断じて読めますまい。
貴方のような一見さんには、そこに描かれた表情は、
生真面目な眼差しの、その深さと情熱は。
でも皆さん此方に振り返り(他に居りませんから、
卿に開きましたその幕触るは、私しか)
憚りなくば、みんな私に聞きたそうではありました、
こんな眼差しどこから来たかと。だから初めてではありません、
貴方が振り返ってそれを訊くのは。卿よ、それはですね
その場に夫が居合わせたというだけではないようですね、
公妃の頬に赤みがさしたのは。おそらくは
フラ・パンドルフは言う機会があった「奥様の手首には
外套が少々長過ぎるようでして」とか「絵にも
 到底描けそうにありませんご様子、朧げに
 ぽっとなる、それを喉元に留めてらっしゃるのは」とか何とか
お世辞と彼女も思っていたにしても、結果は明らか
あの喜色を呼び覚ましたと。あれの
心は─何といったものか─いささか安上がりの、
どうにもチョロ過ぎて…何事も彼女は好んだ、
自分が見つめたものを。その視線はどこにでも飛んだのだ。
卿よ、万事がそうでした!その胸を飾った我が気に入り、
西に沈んでいくあの輝ける夕陽の色、
サクランボの枝を、いけ図々しい何処かの馬鹿が
果樹園から折ってきてしまったものや、白いラバを
彼女が高台に乗り回した時とか──全て、どんなものにも
下されたのが彼女からの感謝の言葉のようなもの、
少なくとも紅潮するとか。男どもに感謝するくらい構わないけれど、やられた方は
どうかなりそう、いやどうしたか知らないが、その扱いと来ては
900年に及ぶ我が名という私からの贈り物すら
他の誰かの物と一緒にするか。しかし誰が屈みこんでまで詰るものか、
こんなつまらない話で?例え貴方にお喋りの
(私にはない)才能があるとして、自分の意思を
はっきり相手に伝えられ、言うことに「もうあれやら
これやらで貴女にはがっかりだ。此方でやらかし、
彼方でやり過ぎるし」と言いつけ─それをまた彼女が
言うことを聞いたとして、あからさまならず
卿には分別もって、いや本当に、謝罪すら為したかも、
……それもそれで何か、屈辱的ではあるまいか。私としては
耐え難い。いや卿よ、彼女は微笑んでいた、疑いようもないくらいに
いつでも私が側を過ぎる度に。とはいえ誰しも側を過ぎるに
その同じ笑顔がなかったか?かくなる上は、命令あるのみ。
かくて笑顔の全ては悉く止められたのだ。彼女がそこに立っているのは
生きているかのよう。…そろそろ起って頂けますかな?お会いしませんと、
下においでの方々とも、ね?繰り返しますと、
貴方の主たる伯爵の、気前のよい方という評判は
保証として十分です、よもやなさいますまいな
私への持参金が拒まれるような真似など。
美しいお嬢さん自体もですがね、明言もしましたな
先ず以て、私の目当てでして。いや、参りますか
下まで御一緒しましょう、卿よ。ところでご覧あれ、海神にまします。
海馬を手懐けているところで、中々の珍品でありましょう。
インスブルックのクラウスが、青銅で鋳込んでくれたものでして…

This is a translation of the poem My Last Duchess by Robert Browning
Friday, September 18, 2020
Topic(s) of this poem: beauty,drama,eternity,jealousy
COMMENTS OF THE POEM
Close
Error Success